心の垢離

さしずめ文章の家庭菜園のようなもの。

【SS】山田リョウ「明日かかる虹が またかすんでいたら」

前回:

kokokori.hatenablog.com

◆山田リョウ #1

 

 虹夏が好きだ。

 冗談抜きで私の人生に必要な存在だと思う。他にも友達はいるだろうに、気にかけてもくれるし、あの日バンドに誘ってくれたこともそうだ。虹夏にとってはなんでもない、取るに足りない出来事だとしても、とても眩しく尊い瞬間だった。だなんて、本人には絶対言えないけど。

 いま以上を望む気持ちがないといえば嘘になる。しかし当の虹夏を見ているとなんだかのほほんとしていて、毒気も削がれてしまう。中学からこっち、浮いた話など……何度か断っていたらしいが、そのくらいだ。

 

 だからゆうべ、ぼっちがデートだなんだと言い出したときは正直「やられた」と思った。とはいえぼっちがいいやつなのはわかっているし、もし虹夏と付き合うことになってもそれはそれで良かった。もちろん私の気持ちは残念だけど、結束バンドで私たちの音を作っていくことも同じくらい大切だからだ。どちらに転ぶにせよ、バンドがうまくいくなら。そうは言っても、やはり気になるものはなる。

 

「どうだったの」

「あー、ゆうべのこと、だよね。ごめん返信しなくて」

 

 登校するや否やの出会い頭だが、何の話かは伝わったようだ。

 虹夏とは普段からメッセージアプリ(ロイン)でやりとりしている。始まりも終わりも虹夏の発言、というパターンが多いけど、ゆうべに関してはそうではなかった。

 虹夏の対人スキルは私のお墨付きで、実際ぼっちともうまくやっていると思う。バンド存続の危機だとか、まさかそんなことにはならないだろうけど……こうしていても仕方ないから、早く白状するんだ。

 

「えっと、『結束バンドは大事な居場所』だって。合奏がとっても楽しいって言ってた」

「なにそれ泣きそう」

「だよね」

 

 確かに最近の演奏では(相変わらず猫背ではあるけど)アイコンタクトもくれるようになったし、私としてもやりやすさを感じている。マンゴー仮面だった頃とは本当に雲泥の差だ。気持ちの面でも、そういう話をぼっちからしてくれたことがとても喜ばしいし、感慨深いものがある。

 しかしそれはそれとして、いまぼっちが獲得しつつあるなんだかピュアな感じは彼女の大きな武器になるのではないか。現に、ぼっちが言ったようなことは私だってもちろん思っている。ただことさら口にはしないだけで(というか、できない)。それをやってのけるとは、ぼっちめ、侮れんな。

 ともかく、心配していたような展開にはならずに済みそうでほっとした。打ち明けたのが虹夏だけという点は少し気になるが、まあ人徳だろう。さすが虹夏。

 

「次ぼっちに会ったら猫かわいがりしてやろうと思う」

「その時は私も一緒だからね」


◆喜多郁代 #1

 

 ひとりちゃんと教室で話して、ゆうべの経緯はだいたい把握できた。そんなことを考えていただなんて! こうなっては「ひとりちゃんを支えられるギタリストに」という私の目標へのモチベーションも高まり、放課後のレッスンにも熱が入るというもの。

 

「指先が固くなってくると、たくさん弾けて嬉しいわね」

「慣れるまでけっこう痛いですもんね。サボってると戻っちゃうので、キープですよ」

「はーい、気をつけます」

 

 小休止を挟み、水分補給しながら少し他のことを考える。

 ゆうべの聞き取りをしている時は赤くなったり破裂したりと面白かったのだけれど、こうしてギターを抱えた姿は真剣そのもの。そんなひとりちゃんが、私を含めた結束バンドのことを大切に思ってくれている事実を意識するたび、無性にこそばゆくなってしまう。あ、あくまで私はその一部! 一部に過ぎないんだから!

 ところで、どうして先輩にだけ話をしたのかしら。ひとりちゃんのことだから、みんなの前で切り出すのが難しかった可能性はある。伊地知先輩はバンドのリーダーだし、ひとりちゃんも普段から話しやすそうだし(正直羨ましい)、けっして不自然ではないかな。

 そういえば、リョウ先輩って絶対、伊地知先輩のこと好きよね。推しのことは見ていればわかる。「だからひとりちゃんもそうだ」って安直に決めつけるつもりはないけれど、実際、伊地知先輩はバンド内でかなり人気があると思う。私自身も先輩とは気が合うし、精神的に頼ってしまっている部分はある。いつもありがとうございます。

 だからもしも今後、二人が伊地知先輩を取り合ってギスギスした感じになったりしたらとても耐えられそうにない。なにせ4人だけの小さな環だし、私にとっても大切なのは間違いないし。一度は逃げ出した身で言うのもなんだけれど、それでもまた迎え入れてくれた。信じられないくらい優しくて温かい、私の居場所。

 ひとりちゃんの気持ちはまだわからないけれど、ああ、どっちもうまくいけばいいのに!

 先輩本人はどう思っているのだろう、と考えたところで、ひとりちゃんが心配そうな視線を送っていることに気づいた。しまった、長かったかしら?

 

「い、いえ、休憩中は喜多ちゃんからお話を振ってくれることが多いので、どうかしたのかなって」

「そ、そういうことね! 別に調子悪いとかではないのよ」

「あっ、ならいいんですが……まあでもいい時間ですし、もう一度通して大丈夫そうならバイト行きましょうか」

 

 その後の演奏はスムーズに、ちょっと名残惜しいくらいあっさりと終わってしまった。練習の成果が出て喜ばしいことではあるのだけれど、つくづく私ってこの時間が好きなのね。教わるだけだとひとりちゃんにも申し訳ないから、それぞれのパートや歌と合わせるような練習もしていけたらいいな。


◆喜多郁代 #2

 

 どうしましょう、それとなくって難しいわ。

 

 この間のレッスン以来どうしても伊地知先輩の考えが気になって、つい予定を組んで連れ出してしまっていた。ひとりちゃんもこんな気持ちだったのかしら。

 相次ぐ誘いに先輩は「モテ期か」って笑っていたけれど、内心では私の思惑を察しているに違いない。あとリョウ先輩やひとりちゃんの目がすごかったし、終わったらきちんと説明しないといけないわね。


「おまたせー! 喜多ちゃん早いねえ」

「おはようございます。先輩こそ、まだ10分前ですよ」


 私の姿を認めるや、手を振って駆けてくる伊地知先輩。これまでの待ち合わせでも遅刻するさまは見たことがない。一事が万事、こう、ちゃんとしているというか……ソツがない感じ。さすがね、先輩。


「それで、きょうはどんな?」

「新作の映えるスイーツ……を口実に、先輩とお話がしたかったんです」

「おお、思いのほか正直だね」


 気づけばきょうのプランが根底から覆る発言をしてしまっていた。そう、慣れないことはするものじゃない。私に腹芸は無理だ。聞きたいことがあるなら、率直に聞くまで!


 それはそれとして、甘味とSNSはひとしきり楽しんだけれど。


「ええと、ですね」

「うん」


 尋ねる決心はしたものの口ごもる私と、待ってくれる先輩。今意識することでもないかもしれないけれど、やっぱり優しい。この感じ、ひとりちゃんが懐くのもわかる気がするわ、と場違いなことをふと考えた。


「伊地知先輩、好きな人っていますか」

「うーん、どういう意味で?」

「心に決めた大切な人です!」

「……薄情かもだけど、今はいないかな。っていうか、私がけっこう忙しいの喜多ちゃんも知ってるでしょ」

 

 なんだかうまくかわされた気がする。確かに先輩は学業に家事にバンド活動にバイト(これは家事の一部か)にリョウ先輩のお世話にと、私から見ても大変そうだ。でもこの答えの理由は私たちの距離感にも原因があるのだろう。もう少し踏み込んでみよう。

 

「バンド内でも、ですか?」

「んー、うーん……喜多ちゃんはよく見てるねえ。実は最近、リョウやぼっちちゃんの目がちょっと気になるっていうか……二人にはそんなつもりないだろうし、自分でも変だと思うんだけどね」

 

 いえいえ、案外そんなつもりかもですよ。

 先輩の鋭さに内心冷や汗をかきながら、ひとりちゃんたちの気持ちが空振りすることはなさそうでまずは安心。

 

「そういえば喜多ちゃんはリョウのことーー」

「あっいえ、私はいいんです! リョウ先輩は確かに好きですけど、恋愛のそれとは違くて、尊敬や憧れの意味で……もちろん先輩やひとりちゃんもですよ? ああいう聞き方をしておいてなんですけど、私にはまだ早いっていうか……どんな感じなのかなって気になってるところでして」

 

 ああびっくりした、確かにこの流れだと私の恋愛相談みたいよね。二人のことを考えるあまり、自分のことを忘れてしまっていた。つい早口になり、一気に顔が熱くなるのを感じる。先輩にも「わかった、わかったから」と苦笑される始末。うう。

 

「喜多ちゃんはかわいいねえ、って先輩ぶりたいところだけど、正直私もおんなじかなー。結束バンドはうまくいってると思うし、みんなとの関係も深めていきたいけど、そのぶん変わるのが怖い、みたいなとこもあって」

「それ、わかります」

「喜多ちゃんならそう言ってくれると思った」

 

 お互いに認識を共有できたことで、場の雰囲気が柔らかくなったのを感じる。先輩も目が合った拍子に笑いかけてくれた。

 

「じゃあ問題児二人のことでまた何かあったら、喜多ちゃんに相談させてもらおっかな」

「はい、私でお役に立てることなら!」

「代わりにってわけじゃないけど……ときに喜多ちゃん、ご両親とお話はできてる?」

「んぐっ」

 

 本当に伊地知先輩はよく見ている。この後私がどう答えるかも、ほとんどわかっているのだろう。

 

「最近は少ないです。母親がバンド活動にあまり良い顔をしてくれなくて」

「お父さんは確か、楽器買う時に前借りさせてくれたって言ってたよね?」

 

 それから家の話を少し聞いてもらって、気づいた時には外の景色がすっかりオレンジ色に染まっていた。

 

「遅くなっちゃってすみません! でも、先輩とまたお話したいです」

「私も楽しかったー。おせっかいだけど、進展があったら聞かせてね。やっぱり言いたいことは言った方がいいと思うし」

「それは……はい、頑張ってみます」

 

 見送ってくれる先輩に手を振る。

 なんだか途中から完全に立場が逆だった気がする。きっとひとりちゃんも同じ気持ちだったのね。でも、頼りっきりでは駄目だと改めて思った。きょうのことが少しでも伊地知先輩の助けになればいいのだけれど。


◆山田リョウ #2

 

 なぜか郁代まで虹夏とデートすると言い出した。いや本当になんでだよ。

 さすがに私も気が気ではなかったし、こういうのは道連れだろうと考えてぼっちに声をかけた。

 

「っていうことなんだけど、気にならない? なるよね」

「あっそれはなりますけど……リョウさん、お金大丈夫なんですか」

「自分の、分くらいならっ……! だからお願い、一緒に来てほしい」

「わ、わかりました。行きましょう」

「助かる」

 

 そういうことになった。

 

 当日、待ち合わせた虹夏と郁代は喫茶店に向かっていく。

 私たちは遠巻きにそれを見ている格好なのだけど、改めて考えると別に話し声が聞き取れるわけでもなし、何をやっているんだろう。隣にいるぼっちからも時折視線を感じる。

 

「……ぼっちの言いたいことはわかる。流石に同じ店に入るのはね。二人のことは諦めて、こっちはこっちで楽しもう」

「よかったです……考え直してくれて。言い出した時はどうなるかと」

 

 どうやらぼっちなりに私を止めようとして、それでついてきてくれたようだ。まあ私には最初からこうなることがわかっていた。最近なんだか二人で話すのが流行っているみたいだし、だからこれもいい機会だ。たぶん。

 しかし、結束バンドの「陰」の側が集まってまさか遊園地に行くはずもない。結局、いつかぼっちに歌詞を見せてもらった店を選んだのだった。

 

「ぼっち、ご飯まだだっけ。私食べるけど」

「あっ私も食べます」

 

 二人してまたカレーライスを注文した。

 

 元々私たちは口火を切る方ではないし、いつもなら大して気にならないけど、きょうは少し気まずかった。虹夏のことがあるからだ。

 

「ぼっちはさ、虹夏のこと好き?」

「すっ好きです。虹夏ちゃんいいですよね」

「いい」

 

 牽制のつもりが、世界の真実が聞こえて思わず同意してしまった。ああもう、きょうの私は本当に、なにをやっているんだろう。きっとぼっちは虹夏のことが、ただ好きなんだ。それこそ当たり前に、郁代や私と同じように。

 そうだ、(夜中に作曲作業を詰めているときなんかは考えも極端な方に行ってしまいがちだけど)私にも私を取り巻く人間関係があって、それを育てていくことができるんだと、これも当たり前のことに今さら気がついた。

 虹夏に対する私の気持ちは変わらずにあるけど、それがそのままぼっちと相容れないということにはならない。むしろ、ぼっちとも仲良くやっていきたい。

 私はこれで案外わがままなのだ。わがままでいいんだ、と思った。

 

「改めて、きょうはありがとう、ぼっち。来てくれて助かった」

「えっあっ、え? 私、なにか役に立ったでしょうか」

 

 運ばれてきたカレーを食べながら、言いたいことを言った。

 ところがそれは唐突すぎたのか、困惑したぼっちはパッと小さなカケラに分裂して右往左往している。※群体型スタンドぼっち

 ぼっちはやっぱり面白いな。それとなるほど、私はこういうところが足りないんだな。

 

「私も結束バンドが好きだってこと。ぼっちのおかげでもあるから」

「そ、そうですかね? えへへ……」

 

 褒められに耐性がなさすぎて心配になる。いや、今回は私が心配をかけたのか。この調子だと郁代も同じかな。

 自分で思っている以上に私がわかりやすかったらしいことは一旦置いておいて、かわいい後輩二人が気を遣ってくれたのだから、それを無駄にしてはいけない。

 虹夏ともう一度話してみよう。

 

◆伊地知虹夏 #3

 

 例によって私の部屋で楽譜とにらめっこしていたリョウが、ふとこっちを見た。

 

「結束バンドの選曲だけど、カバーもたまに入れていこう」

「そういえばオリジナル曲でやってきてたね。その心は?」

「ひとつ。外の色を入れると表現の幅が広がる。ぼっちも前からカバー動画を投稿してたけど、みんなで合わせればお互い勉強になることもあるんじゃないかな。単純にいい曲多いし、新規の集客も……まあこっちはオマケみたいなものだけど、やって損はないと思う」

「ほうほう」

「ふたつ。これは私の都合だけど、カバー用のアレンジは新曲と並行して進められるから、進行がやばいときはこっちでお茶を濁していきたい」

「そっちが本音と見た」

「ひ、ひとつめも嘘ではないから」

「曲に関してはどうしても任せっきりになっちゃうけど、困ったときは教えてほしいかな。なにかできることがあるかもしれないし」

「ありがとう、そうする」

 

 実はいま一曲できたんだよね、とよこしてきたタブレット端末には「月と甲羅」とある。確か10年くらい前に解散したバンドの曲だ。あの頃はそうと意識してなかったけど、お姉ちゃんがハマっていた(気がする)。

 

「拝見します」

 

 珍しく素直なリョウに少し戸惑いつつ、音符の海に飛び込んだ。

 

 指先で拍を取りながら頭の中で音を鳴らす。

 音楽の知識はリョウに及ばないから、その意図をすべて汲み取ることは残念ながらできないけど、まさに曇り空を思わせる重たい音のうねりと、雲の切れ目から夕日が差してくるみたいな爽やかな終わり方が印象に残った。それとリョウが言っていた通りに課題曲みたいな面もあって、みんなが苦手そうなフレーズをあえて盛り込んである。

 もう一度。今度は詩と歌に意識を向けてみる。「あたしと君 その間はきっとずっと埋まらない」というくだりが気になった。埋まらないのに、それでいいように感じるのはどうしてだろう。たぶんそうじゃなくて、それでも、と手を伸ばそうとしているのかな。だって兎は走り続けているし、虹の欠けた色は傘で補おうと……虹?

 そのとき、とても自意識過剰な考えが浮かんだ。最初のアレンジとしてこの曲を選んだ意図をリョウに訊きたかったけど、もしも考えすぎだったら恥ずかしいなんてものじゃないので、そこには触れずにただ、いい曲だね、と言うしかないのだった。そこまでリョウの思い通りだとしたら、私ってそんなにわかりやすいかなあ。

 

「じゃあ二人にも共有するから、次のスタ練(スタジオ練習)で合わせよう」

「お願いします……」

 

 思わずここ最近の振る舞いを顧みる私を尻目に、リョウのやつは淡々としたものだ。とはいえ、やると決まった以上は私の課題もある曲なのでうかうかしていられない。こういうところは特に、よく見てくれていると思う。

 

「そういえば、ぼっちと話したよ」

「ああ、私が喜多ちゃんと出かけた日? 珍しいよね」

 

 きょうはやけに口数が多く、そのことも珍しいといえば珍しいけど、聞けばなんとリョウから声をかけて連れ出したという。

 

「ちゃんとかわいがってあげた?」

「あーうん、まあ……思ってることは伝えたかな」

「それはそれは」

 

 どんなやりとりがあったのか想像するとなんだかおかしくて、口角が上がってしまう。

 

「で、思ったんだ。虹夏と郁代にも伝えようって」

「へ?」

「そのつもりで書いたから。合わせるの、楽しみにしてる」

「えっちょ、帰るの?」

「またね」

 

 だらしない表情のまま固まってしまった私を置いて、世界は回っていく。

 というか、そうなるとやっぱり選曲の意図って……?

 お、お願いだから答え合わせさせてーー!

 

◆伊地知虹夏 #4

 

 時間が過ぎるのは早いもので、あっという間にスタ練の日が来てしまった。

 楽譜をもらった夜のことは私もなんとなく言い出しにくくて(それと練習もけっこうたいへんで)うやむやになってしまったけど、自分のパートは叩けるようになった、と思う。みんなの仕上がりはどうかな。

 

「じゃあ、『月と甲羅』やってみよう」

「はい!」

「「……」」

 

 ここまでに何曲か合わせて指慣らしは済んでいる。喜多ちゃんが元気よく応じ、ぼっちちゃんとリョウもこっちを見て頷いてくれる。最初の音はドラムだ。息を吸い込んで、スティックを振る。

 

 曲が始まった。

 

《夕立の黒い空に浮かび上がった二つの虹 青だけかすんでた》

 

 喜多ちゃん。

 普段の姿は愛嬌があるけど、こうして歌っている姿はとても凛々しく、時折見惚れてしまうくらい。演奏も安定してきてこれからの成長がますます楽しみだし、同時に負けていられないな、とも思う。

 バンドに加入するまで色々あったよね。でも今は笑い話。かけがえのない、私たちのギターボーカルだ。

 

《ココロ揺らすコトバ カラダ揺らすリズム ノドを震わしウタを紡ぐ》

 

 ぼっちちゃん。

 まさか公園でギターヒーローさんに出会えるなんて。安定感は……まだ今後の課題だけど、これまでに何度も、それこそ気持ちも含めて助けられてきた。

 そんなぼっちちゃんが頼ってくれるなら、全力で応えたい。これからも夢に向かっていっしょに頑張ろうね。

 

《明日かかる虹が またかすんでいたら 青い傘をさせばいい》

 

 リョウ。

 この曲に込めた気持ちは結局、私の考えすぎじゃなかったのかな。配られた楽譜の末尾には日付とサイン、それから「結束バンドのために」と書かれていた。

 ふとバンドに誘った日のことが浮かぶ(正直ちょっと軽率だったと思う)。でも、ついてきてくれてありがとう。

 あれで寂しがりなところもあるから、みんなで構い倒してあげよう。しまいには鬱陶しがられるだろうけど、そうやって私たちの音楽を続けるんだ。

 

 コーラスが終わり、最後の音を叩いて、差し込んでいた夕日もついに消えてしまった。

 三人の視線がこっちに集まる。曲の終わりはいつもそうだけど、これは私の言葉を待っているような?

 足元のペットボトルを取って喉を潤しながら、頭の中を整理する。言いたいことはもう決まっていた。

 

「私、結束バンドがこの四人でよかった! ありがとう、大好き!」

「に、虹夏ちゃん。それはとっても嬉しいんですけど……」

「ドラムめっちゃ走ってた」

「リョウ先輩!?」

「え」

「え、じゃないよ。しっかりして」

「ま、まあ最後まで通せましたし」

 

 当たり前だけど演奏には集中しなければならない。テンポが命のドラムならなおさら、気持ちに引っ張られて前のめりになったりしてはいけないのに。私はどうしようもないポンコツです。

 それから、この場の空気もだ。あまりにも、あまりにもいたたまれない(そして申し訳ない)。ごめんだけどもう無理。電池の切れる音が聞こえた。伊地知虹夏は閉店しましーー

 

「でもみんな、音のミスはなかったね」

「伊地知先輩が楽しそうで、歌もよく乗れたと思います!」

「そ、そうですね……。虹夏ちゃんの気持ち、伝わってきました」

「ごめんね本当に。もう一回、お願いしていいかな」

 

 めいめいにフォローを入れてくれるのが聞こえ、かろうじて復活する。みんなも楽器を構え、ありがたく名誉挽回のチャンスが与えられた。

 

「それにしても、さっきの虹夏は情熱的だった。ドラムとしてはあれだけど」

「私たちも気持ちは同じですよ! ね、ひとりちゃん!」キターン

「ヴァッまぶし……あっでも本当にそう思います。虹夏ちゃん大好きです」

「虹夏ハーレム。まあ、それもいいか。末永く養ってね」

 

 一部聞き捨てならない言葉が混じっていた気がするけど、今はとにかく、一刻も早くこの空気を塗り替えたい。ほら、始めるよ!

 

 イントロを叩き、また夕立がやってきた。

 

 これから先、きっと思い通りにならないことはたくさんあるだろう。みんなの関係もどうなるかわからないし、かかった虹が霞んでしまうことだってあるかもしれない。

 それでも、と私は思った。欠けた色の傘をさしてくれる人がいるなら、絶対、大丈夫だ。

 

 垂れ込めた暗雲の下を、兎が駆けてゆく。

 かき鳴らせ、雷鳴を!

 

(山田リョウ「明日かかる虹が またかすんでいたら」終わり)

(2024/04/17追記:記事タイトルおよび作中に登場する歌詞は GO!GO!7188「月と甲羅」 より引用しました)