心の垢離

さしずめ文章の家庭菜園のようなもの。

【雑記】虹夏ちゃんお誕生日おめでとう作文

お久しぶりです。私です。

こうして急に更新を始めるということは、そうだね。あなたに話があるんだ。

画面の向こうの、あなたに。

 

聞いていってください。

 

先に要点をまとめてみる。

 

1.最近「ぼっち・ざ・ろっく!」への熱量が目減りしていること

2.その原因というか、私の変化について

3.未来へ

 

まず1について話そう。

これはどう言い繕っても、内から見ても外から見ても明らかなことだ。

Twitterで話題に出す頻度も減ったし、グッズやご本(同人誌)を買うことも減った。ライブがあれば出かけようとは思っているが、まあいろいろ都合もあるだろうし、今後も毎回絶対! とは言えないかな、という感じ。

またある意味最も重要な点として、一時期は止めようにも止めどなかった、ぼ虹をはじめとする二次創作の幻想も頭の中を奔らなくなってきている。

 

世の中のことだろうと個々人の間のことだろうと、流行り廃りというのは当たり前で、いちいち取り上げて考えることではないのかもしれない。

けれども今回の"波"は私史上で類を見ないほど大規模なものであったから、その変わり様に自分自身で戸惑っている、のが正直なところだ。

 

どのように変わったのか?

これもいくつかあるが、ひとつめは供給を受ける頻度だろうか。

元々アニメの放送後……23年1月に入門し、そこから3年あまりの間しゃぶり続けたわけで、さすがに味がしなくなってきたというか。

いや厳密には買ったきり読めていないご本がたくさんあるから、受けようと思えばいくらでも供給、刺激、そういったものを受けることは可能なのだ。だから原因を求めるべきは世間ではなく私のほう、つまり怠慢ということになるのかもしれない。

これまでも小説を書くにあたり、一丁前に自意識を持っては「他人の作品を読むと眩しく見えすぎて苦しいからなかなか手を伸ばすことができない」などとウダウダ悩んだりしてきた経験はあるが、それにしても不甲斐ないことである。

 

ふたつめ。

非常に悲しいことだが、金銭的な問題もある。

転職して給料が下がったこともそうだし、ライブや即売会、またマンドリン関係の合奏練習に出かけたりする際の交通費というものが重く、重くのしかかってきている。まあ必要があればやぶさかでないものの、さすがに控えていきたいな、という……

このことについて、グッズなど(物理的に)生活に必要ないものは同額の食品と比べる癖がついてしまった。やぁね、世知辛くて。

あと飾る場所がなくなってきたこともあるか。マグカップなんかの実用品も、もうキャパシティがいっぱいなのであった。「これ以上買っても管理できない」というところまで来てしまった感。

 

みっつめ。

これは精神的な話で、言語化が難しい。がんばる。

ええと、ハマりはじめを含むけっこう長い期間、私が引っ越す前の環境と重なっているのだ。つまり、アレやコレやとしょーもないエピソードに事欠かず、全てがうまくいかず、ひたすらにつらかった前職時代とである。

そうした状況は何度か過去記事でも触れ、現状整理なんだかサイレントなSOSなんだか、とにかく「うまくいっていない様」は書いてきたおぼえがある。

 

そんな中、支え……救いと表現しても差し支えない……になっていたのが、結束バンドさんの楽曲と、虹夏ちゃんの人となりだ。頼りにしていたコンテンツは他にもあるけれども、これらが寄与するところは大だったと思う。

憂鬱な通勤時や事務所~現場の往復、あるいは束の間の平穏に向かう退勤時。♪ひとりぼっち東京 をはじめとしたお気に入りの曲を流すことがどれだけ私の心を軽くしただろう。単純にいい曲だと感じるし、歌詞も、こう、明るいばかりでなく……少し後ろ向きな部分もあるのが陰キャ的で(褒め言葉です)私の好みだった。リリース順のプレイリストを何周しても味がして、飽きるだなんてとんでもなかった。

音楽を流せない時も、ふとした瞬間には幻想が訪れ、温かな気持ちにさせてくれた。実際、こうしたままならない現状へのアンチテーゼとして理想を詰め込んだのが拙作「ほのぼのぼ虹生活」だ。結局まだ3話しか書けてなくて、なんというかもったいない話なんだけどね。

このころ、伊地知虹夏は私の人生を照らす光だった。

 

そんなこんなで転職を検討し、実行し、(給料は下がったけど)落ち着いた環境を手に入れて1年半くらい経ったのが今というわけだ。

その間、虹夏ちゃんという光に照らされて生活は少し上向いた。お仕事の環境以外にも、たぶん言葉遣いとか、表情なんかにも現れていたような気がする。人との縁に恵まれたこともあり、振り返れば「虹夏ちゃんのおかげで彼らが見つけてくれた」というような言い方もできそうだ。

 

時間軸を現在に戻して考えると「十分照らしてもらったから今はもう大丈夫」かな……率直に言えばそういう感じがしている。

本当にお世話になりました。今後自分も誰かを照らす側に回れたらいいね。

 

ということで未来へなわけだが……

ぼっち・ざ・ろっく! というコンテンツから、相対的に足が遠のいている現状に危機感を持ったりするのはやめようと思った。無理に熱を持ち続けようとしても仕方ないというか……今のこれが思い通りでない! もどかしい! みたいな感覚はあるけど、こればかりは気持ちの問題だからね。

 

一方で、先日参加させてもらった飯テロ合同の運営より第2弾のお声をいただいている。タイミングが前後したとはいえ請けた話はまた別なので、これはちゃんと(今後)取り組むつもりではある。

 

また、この流れで言うと未練がましいようだけれども、今回の記事をもって完全に卒業か、というとそれも違う気がする。なにかのタイミングで熱が戻ってきて、また幻想が降ってくるかもだしね。

 

まあそんな感じで……お気持ち表明26年5月、でした。

終わり。